ネストレ-アーラント版/UBS版聖書本文の検証
使徒8・37

イエス・キリストを神の御子と告白することを削除している事例

フロイド・ノレン・ジョーンズ博士

新約聖書本文TRの訳例
(37節)ピリポは言った。
 『もしあなたが全き心から信じているなら、よいのです』
 彼は答えて言った。
 『私はイエス・キリストが神の御子であられると信じています』」TR 新約聖書

(37節)ピリポ乃ちいへり、
 汝もし心の全きをもて信ぜば律し。
 彼また答へていへり、
 われイエスキリストを神の子におはすと信ず」新契約聖書

(37節)And Philip said ,
 If thou believest with all thine heart, thou mayest .
 And he answered and said ,
 I believe that Jesus Christ is the Son of God」KJ

ネストレ版/UBS版聖書の訳例
37節全体が括弧付きの扱いとされている。

NIV、RSV、NEB(New English Bible)
  …37節全体が存在しない。

NAS…37節全体が括弧付きの扱いとされている。
コメント
 37節が神のことばであるなら、「赤ちゃんに洗礼を施しても、それがその子を救うことにはならない」ということを確立することになります。
 子どもたちは、自分で決断するに十分な年齢に達するまでは、契約によって覆われています。
 たましいを救うことができるのはイエス様だけであって、水のバプテスマではありません。
 「幼児洗礼を施せば救うことができる」と信じている人々にとっては、37節を取り除くことが必要となるはずです。
 ガラテヤ3・26は、「あなたがたはみな、その信仰を通して、キリスト・イエスにあって、神の子どもたちである」と言っています。
 ですから、もしあなたがキリスト・イエスへの信仰を持っていないなら、あなたは神の子どもではありません。
 そのように、キリスト・イエスへの信仰を持っていない赤ちゃんにバプテスマを施すのは無意味なのです。
 この節は、イエス様の神性を信じていることが水のバプテスマの前提条件であることを教えています。
 この節はイレナエウス(180年頃)およびキュプリアヌス(250年頃)によっても引用されており、古ラテン語聖書やウルガタ聖書にも見出されます。



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