ネストレ-アーラント版/UBS版聖書本文の検証
マルコ16・9〜20

重要な神のことば(宣教命令・イエス様の御名の力)広範囲に削除している事例

フロイド・ノレン・ジョーンズ博士

新約聖書本文TRの訳例
「また週の首〔の日〕夜明けに立ち上がりて彼は先づ、七つの悪鬼を逐い出だし給ひし、マグダラのマリアに現はれ給へり…(中略)…
 また信じたる者には此等の徴常に従ふべし、
 我が名に於て悪鬼を逐ひ出だすべし、
 新しき言葉にて彼等は話たるべし。
 彼等は蛇を攫み上ぐべし。
 また死ぬべきものを飲むとも、必ず彼等を害はじ。
 病身なる者の上に彼等は手を按かん、かくて彼等は良くなるべし。
 是の故に主は彼等に話たり給ふうちに、天に挙げられ給へり。
 かくて神の右手に坐し給へり。
 かくて彼等は出で来りて遍く〔福音を〕宣べたり。
 主は彼等と同に働き給ひ、且つこれに従ふ徴によりて言を堅ふし給ひたり。アメン」新契約聖書/TR 新約聖書も同様)

「(該当箇所をすべて含む)」KJ

ネストレ版/UBS版聖書の訳例
括弧付の扱いとされている




コメント
 ほとんどの現代版聖書には、「この箇所は、最古で最も良い、最も信頼できるギリシャ語写本では欠けている」という主旨の脚注があります。
 つまり、マルコ16・9〜20はバチカン写本およびシナイ写本(オリゲネス[185年〜254年]が編集した新約聖書に由来するもの)という二つの四世紀のギリシャ語写本の中にはない、という意味です。
(十二世紀の一つの小文字写本も、この箇所を削除しています)
 サタンはいつでも、教会からその力と権威と宣教の使命とを奪い取ろうとしてきました。
 マルコが記録しているように、この箇所はイエス様によって語られた大宣教命令です。
 それは、キリストの体なる教会に対する、大いなる力の権限の委譲であり、教会が主なるイエス様の働きを継続するためのものです。

99%以上の写本教父たちが確証しているマルコ16・9〜20

 現存する新約聖書の約3119のギリシャ語写本のうち、それだけで二十七の書物が全部そろっている写本は一つもありません。
 ただし、1800以上の写本がマルコ十六章を含んでおり、上に挙げた三つの写本以外のすべての写本の中にマルコ16・9〜20があります注1

    
  
   
  
マルコ16・9〜20を含む写本
(総数 1800以上)

 ですから、上に挙げたような脚注は、明らかに不誠実なものであるだけでなく、この箇所のみことばを神のことばではないかのようにほのめかすことによって意図的に読者の判断を誤らせてもいるのです。
 ギリシャ語写本は、600対1の割合(99%以上)でこの箇所を確証しているのです。
 それだけでなく、約8000のラテン語の小文字写本、また、約1000のシリア語版の写本、および、2000以上のギリシャ語聖句集のすべてが、この箇所を含んでいます注2
 この箇所は、バチカン写本やシナイ写本が書かれた時代より150年あるいはそれ以上前の時代の教会教父たちによっても引用されました。
 すなわち、パピアス(紀元100年ごろ)、殉教者ユスティヌス(150年ごろ)、イレナエウス(180年ごろ)、テルトゥリアヌス(195年ごろ)、およびヒポリュトス(200年ごろ)です。注3

バチカン写本とシナイ写本に残されている『痕跡

 さらに、バチカン写本には、マルコ十六章の終わりに、その十二の節(9節〜20節)を含めるのに必要とされるぴったりの大きさの空欄があります。
 バチカン写本を準備した書記者は、それらの節が実際に存在することも、また、その正確な分量も、明らかに知っていたのです。
 実際、ティッシェンドルフ(シナイ写本の発見者)が観察した通り、シナイ写本のこのページには、何らかの異なる手書きの文字とインクが表されており、また、それらの節を除去したことによって残された空欄を埋めようとして個々の文字の間隔と大きさが変更されてもいます。
 これらのことは、これが偽造文書であることを立証しているのです。
 マルコ16・8は、「そして、彼女たちは急いで出て行き、その墓から逃げ去った。彼女たちは、震えと、正気を失うほどの驚きとに捕らえられていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐れていたからである」となっていますが、「神は、かつて語られてきた中で最も偉大なこの出来事を、その8節をもって終わりにされた」と、私たちは本気で信じるのでしょうか?
 神は、この福音の良き知らせが、ご自分の弟子たちが恐れて身をすくめていることをもって終わりにするのを、果たして許されるでしょうか?
 マルコは、復活されたキリストが弟子たちに現れてくださったことには何も言及しないまま彼の福音書を完結させるでしょうか?
 私はそうは思いません!
……………………………
注1)1871年の当時でも、そのころ存在した写本のうちの620の写本がマルコ十六章を含んでいることが知られていました。
 そして、バチカン写本とシナイ写本だけがマルコ16・9〜20を含んでいませんでした
  (John W.Burgon,"The Last Twelve Verses of the Gospel According to S.Mark",p.71
   1871年以降は何百もの写本が発見されてきており、現在は3119の写本が存在しています)
注2一つのラテン語の小文字写本、一つのシリア語写本、そして一つのコプト語写本だけが、9〜20節を削除しています
 これらのことがらに関する資料の多くは、『多数派聖書本文学会』(1995年夏、アメリカ・テキサス州ダラスにて開催)におけるウィルバー・N・ピッカリング博士へのインタビューから得られたものです。
注3)John Burgon,"The Revision Revised",pp.422-423



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