ネストレ-アーラント版/UBS版聖書本文の検証
ルカ2・14

オリゲネスの信念(ギリシャ哲学)への改ざん事例

フロイド・ノレン・ジョーンズ博士

新約聖書本文TRの訳例
最も高き所には神に栄光があるように。
 地上には平和が、
 人々の内には、よしとされる思いがあるように
TR 新約聖書

「Glory to God in the highest,
 and on earth peace,
 good will toward men
KJ

ネストレ版/UBS版聖書の訳例
「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」

「Glory to God in the highest(heaven), and on earth peace among men with whom he is well pleased」(AMP[詳訳聖書]
 NASおよびNIVは、"peace among men of good will"とする以外は同様)
コメント
 聖書は、「よしとされる思い」の人間は一人もなく、人間の心はこのうえなく邪悪であり、義人は一人もなく、すべての人が罪人であると教えています。
 上記の右例で書かれているようなヒューマニスト的な特性は、メシアがお生まれになった夜に神がもたらしてくださったメッセージではありません。
 ベツレヘム近郊で天使たちがあの羊飼いたちに伝えたメッセージは、神が、ただ「みこころにかなう人々」にだけでなく、すべての人に、ご自分の「よしとされる思い」という贈り物を差し出しておられるというものでした。
 現代の数々の翻訳聖書にある読み方は、古代のギリシャ哲学者たちであるソクラテス、プラトン、およびアリストテレスらの見解を反映しています。
 彼らにとって、「よしとされる思い」とは、迫りつつある代における主要な要素でした。
 それを『至高の善』であるとみなす人々もいました。
 このギリシャ哲学注1)が新約聖書の中に導入されたのは、オリゲネスが『ユウドキア』(「よしとされる思い」のギリシャ語。主格)を、『ユウドキアス』(「良しとされる思い」という属格)に改変(改ざん)し、こうして彼が望んだ結果を作り出した時でした。
 ここで述べていることが真実であることは、その文脈から確認されます。
 なぜなら、ルカ2・10は、次のことばで始まっているからです。
 「御使いは彼らに言った。
 『恐れていてはいけません。見よ、私はあなたがたに大いなる喜びを福音として伝えるからです。
 それは、すべての民にとっての喜びとなるものです
…』」
 この御使いたちは、「すべての民」に福音(良き知らせ)をもたらしたのであって、「み心にかなう人々」にだけ福音をもたらしたわけではないのです。
 「よしとされる思い」の人間は一人もいません。
 もしいるなら、それは「福音」とはならならいはずです。
 さらに、この「新しい」読み方は、「栄光」、「平和」、「よしとされる思い」という三つの主語による原文の韻律を台無しにしています。
……………………
注1)Edward F.Hills,"The King James Version Defended",p.144 エドワード・ヒルズ博士はハーバード大学にて新約聖書の本文批評学の博士課程を修めた保守的長老派の学者であり、1981年に天に召されました。



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