聖書の歴史 E-11 聖書の歴史 目次   聖書のホームページ  

《 現代版聖書のルーツ 4

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第四部 オリゲネスの『改ざん聖書』とは?


 第三部では、バチカン写本・シナイ写本が、『異端の教え』と『改ざんされた聖書本文』から成る『異端聖書』であることを見ました。
 これらは、いったい、どういう異端者が作ったのでしょうか?
 その答えは、シナイ写本自体の中に記されています!

シナイ写本に書き込まれている『オリゲネス』

 イギリス人の聖書学者アレクサンダー・スーター氏(1873〜1949年)は、著書の中でこう述べています。

 このシナイ写本とバチカン写本は、コンスタンティヌスが、カエサリアの監督エウセビウスに命じた、あの50冊の聖書のうちの二つであったと推測されています。…
シナイ写本
 このシナイ写本の本文には多くの『修正者たち』が関わっています。
 おそらく最も興味深いのは、七世紀の一人の修正者です。
 彼は(シナイ写本の)『エズラ記』への署名を、こう記しました。

 これは、一冊の非常に古い写本によって照合された。
 その写本は、殉教者、聖パンフィルスの手により照合されたものである。
 その写本の終わりには、次のような、パンフィルス自身の手による署名があった。

  「オリゲネス『ヘクサプラ』(旧約聖書)から取られ、
   それに準じて修正された。

《オリゲネス》
オリゲネス
オリゲネス聖書
   アントニウスが照合した。
   私、パンフィルスが修正した」

 パンフィルス(〜309年)は、カエサリアのエウセビウス(〜340年)から崇敬されていた友人です。二人はいっしょに、カエサリアに、パピルスの巻物の聖書および教父の著作物の図書館を設立しました。
 その図書館の中核は、オリゲネス(185年頃〜254年頃)による大量の著作物でした。
 特に、聖書の数々の書のオリゲネス版と、その解釈(説明)でした。

 『エステル記』の後にも、同様の署名が存在します。…
 完全に明らかなのは、(シナイ写本の)旧約聖書の預言の部分が、エジプト人の書記者によって書かれたか、エジプト人によって書かれた「もとの写本」から写されたかの、いずれかであることです。…
 このシナイ写本の源として、私たちはエジプトに目を向けなければならないように思われます。

Alexander Souter ,"The Text and the Canon of the New Testament"p.21~(新約聖書の本文と正典 1913年)


 この『署名』に書かれていることは、『シナイ写本』『オリゲネス』を結び付ける重要な証言です。
 (同じ内容の証言は、『カトリック百科事典』[Catholic Encyclopedia, Vol. 4, p. 86]にも記載されています)
 すなわち、次のことが明らかです。

 シナイ写本は、オリゲネスの『聖書』に由来する。
《オリゲネスの聖書》
オリゲネス聖書
《シナイ写本》
シナイ写本 オリゲネス版聖書


 オリゲネスエジプト生まれの人物であり、独自の旧新約聖書(旧約聖書は『ヘクサプラ』)を作りました。
 オリゲネスの弟子がパンフィルスであり、パンフィルスの弟子かつ友人がエウセビウスでした。
 パンフィルスとエウセビウスは共同で図書館を設立し、オリゲネスの著作物をそこに収めました。

オリゲネス(185年頃〜254年頃)オリゲネス オリゲネス聖書
(旧約聖書『ヘクサプラ』]を作成)
(その弟子)パンフィルス(〜309年)
(その弟子・友人)エウセビウス(〜340年)
(パンフィリスとともに図書館を設立。オリゲネスの著作物を収めた)

 パンフィルスの死後、331年、エウセビウスはコンスタンティヌス帝からの指示を受けて50冊の聖書を用意しました。
 このオリゲネスとは、いったいどういう人物だったのでしょうか? さらに詳しく見てみましょう。


オリゲネスとは?オリゲネス

ギリシャ哲学の追従者

 オリゲネスは、エジプトのアレクサンドリアにある学校の第三代の校長でした。ただし、その学校は、紀元180年に、ギリシャ哲学者のパンタエヌスによって設立されたものです。
 オリゲネスは、新プラトン主義の創始者アンモニオス・サッカス(紀元170年〜243年)から教えを受けていました。新プラトン主義は、アリストテレス論理学東洋のカルトの教えとの奇妙な組み合わせです。
 その哲学の追従者であるオリゲネスは、その見解をキリスト教に融合させようとしました。

聖書改ざん者

オリゲネスは広範囲に旅をし、どこでもギリシャ語の新約聖書を見つけると、それを自分の教理にぴったり合うように改ざんしました!オリゲネス聖書
 もちろん、彼は、自分はそれらの写本「修正」しているだけだと考えていました。
 しかし、神の人々が原文の読み方を変えることはないはずです。

 オリゲネスには、一人の裕福な後援者(アンブロシウス)がいました。アンブロシウスは、七百人以上の速記者と、大ぜいの写字生、および、字の達筆な若い女性たちを用意し、オリゲネスが聖書を組織的に改ざんするのを援助しました(エウセビウス『教会史』)。

オリゲネスの信念

 その一部は、次の通りです。(詳細は→D-4オリゲネスの信念を参照)
  • 彼は、「洗礼による生まれ変わり」を信じていました。(人は水のバプテスマによって救われるという信念)
  • 彼は、万人が救われることになる」と信じていました。すなわち、サタンおよび悪霊どもを含めて、すべてのものが最終的には和解されること、です。
  • 彼は、「イエスは一人の被造物にすぎない」と信じていました。
  • 彼は、「人は罪のない者となるために、煉獄(れんごく)に行かなければならない」と信じていました。  この教理は、聖書のどこにも見出されません。
  • 彼は、「聖餐式の時、パンとぶどう酒が実際にキリストの体と血に変わること(化体)」を信じていました。
  • 彼は、前世からの生まれ変わり」および「カルマ」を信じていました。すなわち、人のたましいは、この現在の地上に存在するより前に、別の世界で先に存在しており、その前世からの祝福あるいは呪いを持ち込んだということです。
  • 彼は、「バプテスマを受けない幼児は地獄に行く」ことをほのめかしました。
  • 彼は、「聖書に書かれているようなイエスへの試みが本当に起こったとは、知的な人なら信じることができないはずだ」と主張しました。
  • オリゲネスは、イエス様の言われたことを正すことさえしました。
     マタイ13・38にある「種を蒔く人」のたとえの箇所で、イエス様は、「畑とは、この世です」と言っておられます。
     ところが、オリゲネスは、「畑とはイエスであった」と言いました。その後、彼は考えを変えて畑を「聖書のことだ」としました。
  • 彼は、聖書は、文字通りに解釈するものではない」と信じていました。
    (オリゲネスは、「寓話的解釈の父」でした)
  • 彼は、実際に「アダム」が存在したことも、「人間の堕落」も信じていませんでした
     また、「創世記一章〜三章は、文字通りに解釈すべきものではなく、歴史的な記述でもない」と信じていました。
  • 彼は、「マタイ十九章は、『神の人は去勢を受けるべきであり、自分自身を去勢し続けていくべきである』と解釈するのが正しい」と信じていました。…

 まとめると、こうなります。

オリゲネス
オリゲネス
聖書改ざん
  • 広範囲に旅をし、どこでもギリシャ語の新約聖書を見つけると、それを自分の教理にぴったり合うように改ざんした。
  • 新プラトン主義の創始者から教えを受けた。
  • イエスは一人の被造物にすぎないと信じた。
  • 前世からの生まれ変わり』を信じた。
  • 「洗礼による生まれ変わり」(人は水のバプテスマによって救われるという信念)を信じた。
  • 「人は罪のない者となるために、煉獄(れんごく)に行かなければならない」と信じた。

オリゲネスの思想・信念は、こうでした。
ギリシャ哲学新プラトン主義
万人が救われることになるイエスは一人の被造物にすぎない
人は罪のない者となるために煉獄に行かねばならない前世からの生まれ変わりを信じる
バプテスマを受けない幼児は地獄に行く】聖書は、文字通りに解釈するものではない
アダムの存在も人間の堕落信じない【創世記一章〜三章は歴史的記述ではない

オリゲネスは、ギリシャ哲学の影響を受け、聖書をそのまま受け入れず、
 自分の教理に合うように改ざんした『異端者』であった。

 次に、シナイ写本の中に言及されているオリゲネスの『ヘクサプラ』とは何かを見てみましょう。


オリゲネス『ヘクサプラ』とは?

 オリゲネスが作った旧約聖書「ヘクサプラ」(紀元245年)は、六つの欄がある並列聖書でした。
 それには、次の内容がすべて取り込まれていました。

オリゲネス聖書
オリゲネスの改ざん旧約聖書『ヘクサプラ』
第一欄 ヘブル語旧約聖書
第二欄 ヘブル語旧約聖書のギリシャ語訳
第三欄アキラ訳ギリシャ語旧約聖書】
  • アキラ(紀元80年〜135年)は、占星術を捨てることを堅く拒んだことと、降霊術を行ったことで、クリスチャンの社会から除名された。
  • 彼は、ジュピター(ローマの最高神)のための異教の神殿を建設する指揮を執り、かつて至聖所のあった場所にローマ皇帝の像を据えた。
  • 彼は、メシア(キリスト)に関する多くの聖書の箇所を、それらが主なるイエス・キリストに当てはめるのが不可能であるように意図的に訳した。
  • 教父イレナエウスはアキラを、「聖書をゆがめる邪悪な者」として激しく攻撃した。
  • 彼は、イエスは、マリアと、「パンセラス」という名の金髪のローマ兵(ドイツ生まれ)との間の私生児であるとした。
第四欄シマカス訳ギリシャ語旧約聖書】
 シマカスは二世紀の異端エビオン派であり、イエス・キリストの神性を否定した。
第五欄七十人訳ギリシャ語旧約聖書】
 数々の外典を含む。
第六欄テオドシウス(セオドシオン)訳ギリシャ語旧約聖書】
 外典『スザンナの物語』を含む。テオドシウスは異端グノーシス派であったが、その後、ユダヤ教に転向した。

 オリゲネスの改ざん旧約聖書『ヘクサプラ』には、【異端エビオン主義異端グノーシス主義】という要素も含まれていることがわかります。

 第三部で、キリスト教異端者が作る異端聖書は、異端思想を含む改ざん聖書となるはずであることを見ました。
『異端聖書』異端思想+改ざん聖書

 まさに、その通りのことが、バチカン写本とシナイ写本と同じく、このオリゲネス『改ざん聖書』でも見られます!
 以上のことをまとめると、こうなります。

オリゲネス聖書 オリゲネス改ざん聖書』には、
 異端者たち『聖書』《外典》が含まれている。


オリゲネス改ざん聖書』は、
 『異端の教え』と『改ざん聖書本文』から成る『異端聖書』である。


 先に紹介したイギリス人の聖書学者アレクサンダー・スーター氏(1873〜1949年)は、次のことも指摘しています。

 このシナイ写本とバチカン写本は、コンスタンティヌスが、カエサリアの監督エウセビウスに命じた、あの50冊の聖書のうちの二つであったと推測されています。…

Alexander Souter ,"The Text and the Canon of the New Testament"p.21~
(新約聖書の本文と正典 1913年)

これは、次のことを意味します。

ローマ皇帝の指示による50冊の聖書

 紀元331年、ローマの皇帝コンスタンティヌスエウセビウスに指示して50冊の聖書を作らせました。
 次のような記録が残っています。

聖書の準備に関する、コンスタンティヌスからエウセビウスへの手紙

“…I have thought it expedient to instruct your Prudence to order fifty copies of the sacred Scriptures50冊の聖書)…
 … to be careful to furnish all things necessary for the preparation of such copiesそれらの聖書の準備のために必要などんなものも与える)…」


ところで、この50冊の聖書作成の指示に関してさらに調べる前に、まず、ローマの皇帝コンスタンティヌスおよびエウセビウスがどういう人物であったかを見ることにしましょう。彼らは次のような人物でした。


コンスタンティヌス帝とは?

 彼は、こういう人物でした。(詳細は→D-7参照)
 コンスタンティヌスは、イエス様が神としての御性質を持っておられることを全く信じていませんでした。
 皇帝であった彼は、自分を「キリスト教徒」であると公言していた時期、ローマの神秘カルトの高位の祭司でした。
 彼が回心したとされていた時の後も、彼は幾度も殺人を犯しました。
 彼は、彼の妻と息子をも殺したのです!
 コンスタンティヌスは死んだ時、太陽崇拝者たちの高位の祭司でしたが、また同時に、この地上の神の教会の「最高権威者」であるとも主張していました!
 コンスタンティヌスはコンスタンチノープル(イスタンブール)を献呈した時、そのセレモニーで異教の儀式とクリスチャンの儀式の両方を用いました。
 彼が異教の信仰とキリスト教を混合しようとしたことは、彼が造った貨幣でもわかります。
 彼は貨幣に、マルスあるいはアポロ(ニムロデ)の肖像とともに、十字架も(特に、クリスチャンと公言する人々を喜ばせるため)刻印しました。
 さらに彼は、作物の保護と病気のいやしのために、異教の魔法も信じ続けました。

ローマ皇帝コンスタンティヌス
 (50冊の聖書作成の指示者)
  • ローマの神秘カルトの高位の祭司
  • 妻と息子をも殺害
  • 太陽崇拝者たちの高位の祭司
  • 貨幣にアポロ(ニムロデ)像刻印
  • 異教の魔法を信奉
  • 追放されたアリウス復帰を許可

50冊の聖書作成を指示したコンスタンティヌスは、
 自分の妻子をも殺した太陽崇拝の祭司・異教の魔法の信奉者』であった。


エウセビウスとは?

 彼は、こういう人物でした。(詳細は→D-6参照)
 初代教会の歴史を記した「偉大な歴史家」とされているエウセビウスは、異端のアリウス派であり、アリウス友人でもありました。
 アリウスは、イエスは肉において来られた神ではないと信じていました。
 すなわち、イエスは一人の被造物にすぎないと信じていたのです。
 アリウスにとって、イエスは一人の人間以上の存在ではあっても、決して神ではなかったのです。
エウセビウスは、「オリゲネスこそ最も偉大な人物」と考えていました。
オリゲネスの弟子がパンフィルスであり、パンフィルスの弟子かつ友人がエウセビウスでした。
 エウセビウスはパンフィルスと共同で図書館を設立し、オリゲネスの著作物をそこに収めました。

エウセビウス
  • アリウス派
  • アリウスの友人
  • イエスは肉において来られた神ではない
    と信じていた
  • オリゲネスこそ最も偉大な人物」と考えた

 エウセビウスの思想・信念は、こうでした。
異端アリウス主義
イエスは肉において来られた神ではない
イエスは一人の被造物にすぎない


エウセビウスは、オリゲネスを崇敬したアリウス主義異端者であった。

 次に、この50冊の聖書とバチカン写本・シナイ写本の関係について、さらに見てみましょう。


50冊の聖書の中のバチカン写本・シナイ写本

ジャスパー・J・レイ師(聖書教師、宣教師)は、『聖書本文の権威者たち』が述べている七つの参照箇所を紹介し、こう述べています。

 「聖書本文の権威者たちは、『シナイ写本とバチカン写本は、紀元331年以降エウセビウスによりコンスタンティヌスのために作られた50冊のギリシャ語聖書のうちの二つの現存写本である』と信じています」
バチカン写本
シナイ写本

1. バーゴン,ミラー共著 ,"The Traditional Text",p.163
2. "カトリック百科事典(Catholic Encyclopedia)",Vol.4,p.86
3. Gregory,"The Canon and Text of the New Testament",p.345
4. アイラ・M・プライス博士[古代言語・文献学教授]著
 『英語聖書の起源』"Ancestry of the English Bible",p.70
5. A.T.Robertson,"Introduction to the New Testament",p.80
6. Dr.Philip Schaff,"Companion to Greek Testament",p.115
7. スクリブナー博士,"Introduction to the New Testament",Vol.2,p.270

("God Wrote Only One Bible",p.19, Jasper James Ray)


T・C・スキート氏(1907年〜2003年)は聖書写本など古代文献に生涯をささげ、聖書写本に関する数々の本も著しました。彼は1931年から大英博物館(シナイ写本等を所蔵)の司書となり、数々の写本の管理者でした。シナイ写本は、彼が大英博物館に勤務してまもなく、1933年、ソビエト政府から購入されました。
 スキート氏は、1999年の著書の中で、次の要旨を述べています。

 シナイ写本は、ローマ皇帝コンスタンティヌスからの指示により完全な形での聖書として作られようとしていたが完成前に破棄されたものであり、一方、バチカン写本は、実際にコンスタンティヌス帝に渡されたあの50冊の聖書のうちの一つであった。
『シナイ写本とバチカン写本とコンスタンティヌス』
(1999年 T.C.Skeat "The Codex Sinaiticus, The Codex Vaticanus and Constantine",
Journal of Theological Studies 50)


D・ O・フラー博士は次のように述べています。

 「バチカン写本とシナイ写本保存されてきたのは、おそらく、それらが『ベラム皮紙』に書かれたからです。
 ただし、当時のそれ以外のほとんどの書物は『パピルス紙』に書かれました。

 ティッシェンドルフ(シナイ写本の発見者)およびホート(RV本文の作成者)を含めて、多くの学者が、このバチカン写本とシナイ写本は、エウセビウスがコンスタンティヌスの下で、コンスタンチノープルの諸教会での使用のために用意した、あの50冊の写本のうちの二つであると考えています」
("Which Bible",p.163 , David Otis Fuller)


フロイド・N・ジョーンズ博士はこう述べています。

フロイド・ノレン・ジョーンズ
バチカン写本とシナイ写本…それは、エウセビウス紀元331年以降、コンスタンティヌスのために自らが監督して作った、あの最初の50冊の聖書写本のうちの現存する二つの大文字写本です」
"Which Version Is The Bible?", p.106~ 

「これらの写本は、『立派なベラム皮紙』上等の皮紙)で、ローマ政府の印も記されて、コンスタンティンのために用意されました。
 この『ベラム』(動物の皮)は、とても上等なものであり、皮紙二枚を作るだけのために一頭のカモシカが使われるほどでした。
 このような事業のために十分な資金を持っていたのは王室だけであったはずです」(D-5)



三種類の聖書の中のエウセビウス-オリゲネス版』聖書

ベンジャミン・G・ウィルキンソン博士は、このローマ皇帝コンスタンティヌスの時代に、三種類の聖書が存在していたことについて述べています。

 紀元312年、コンスタンティヌスはローマ帝国の皇帝になりました。
 それからしばらくして、彼は自分自身のためにも、また彼の帝国のためにもキリスト教を受容しました。
 異教の宗教とキリスト教との融合をもたらそうとしていた彼が見出したのは、優劣を競う三つのタイプの聖書でした。
 すなわち、後にTR(テクストゥス・レセプトゥス)となる本文によるコンスタンチノープルの聖書、パレスチナのエウセビウス-オリゲネス版』聖書、および、エジプト版聖書でした。

 特に、後にTRとなる聖書本文を主張する人々と、エウセビウス-オリゲネス版』聖書本文を主張する人々との間の争いは熾烈でした。
 後にTRとなる聖書本文の擁護者たちは、比較的質素な階級に属し、初代教会にならうことを熱心に求めている人々でした。
ベンジャミン・G・ウィルキンソン博士著『立証された欽定版聖書』第二章
Our Authorized Bible Vindicated 

 すなわち、次の三種類の聖書です。
trbible
オリゲネス聖書

  1. 後にTR(テクストゥス・レセプトゥス)となる本文によるコンスタンチノープルの聖書
  2. パレスチナのエウセビウス-オリゲネス版』聖書
  3. エジプト版聖書

 三種類のうちの2番目のエウセビウス-オリゲネス版』聖書について、ウィルキンソン博士はこう述べています。

オリゲネス聖書  エウセビウス-オリゲネス版』聖書本文は、純粋な神のことばと、オリゲネスの思いの中にあったギリシャ哲学とが混ざった産物でした。
 それは『神のことばをグノーシス主義に適合させたもの』と呼べるかもしれません。

 コンスタンティヌス帝はキリスト教を受容したため、彼はそれらの数々の聖書のうちのいずれかの聖書を選択することが必要となりました。
 ごく自然に、彼は、『オリゲネスによって書かれ、エウセビウスによって編集されたもの』を好みました。…
 コンスタンティヌスが好んだタイプの聖書とは、キリスト教界について彼の帝国主義的な概念の土台を与えてくれるような『読み方』のある聖書でした。
 オリゲネスの哲学は、コンスタンティヌスの『宗教と政治』の神政政治に役立てるために、ぴったり適合していました。
 エウセビウス『オリゲネスの大称賛者であり、彼の哲学を深く学んだ人でした。
 彼は、オリゲネス版の聖書』である『ヘクサプラ』の第五欄を編纂したばかりでした。
 コンスタンティヌスはこれを選び、50冊の聖書を用意するよう要請しました。

ベンジャミン・G・ウィルキンソン博士 同書 

 さらに、フロイド・N・ジョーンズ博士はこう述べています。

《F.N.ジョーンズ博士》
フロイド・ノレン・ジョーンズ
「問題は、エウセビウスがコンスタンティヌスのためにその50冊の聖書を用意する際、ガイドとして何を用いたかです。
 エウセビウスは、「オリゲネスこそ最も偉大な人物」と考えていました。
 彼はオリゲネスの書状を800通収集し、オリゲネスの『ヘクサプラ』を用いたと述べています。
 こうして、エウセビウスは旧約聖書のためにオリゲネスの『ヘクサプラ』の第五欄(※)を選択したのです。(※ アイラ・M・プライス博士[古代言語・文献学教授]著『英語聖書の起源』)

オリゲネス聖書  そして彼は外典付け加え、さらに、オリゲネス編集の新約聖書を使って完成させました。…
 シナイ写本バチカン写本、それらのルーツオリゲネスにあります」

フロイド・N・ジョーンズ博士


まとめると…
 以上のことをまとめると、こうなります。

 バチカン写本シナイ写本は、ローマ皇帝コンスタンティヌスエウセビウスに用意させた、50冊聖書のうちの二つである。

 エウセビウスは、オリゲネス改ざん聖書』から50冊聖書を作った。

オリゲネス改ざん聖書』
オリゲネス聖書
エウセビウス50冊の聖書
バチカン写本・シナイ写本を含む)
バチカン写本シナイ写本

 すでに見た通り、「シナイ写本は、オリゲネスの『聖書』に由来」していました。(→『 シナイ写本に書き込まれている『オリゲネス』』の項を参照)
 こうして、シナイ写本についてだけでなく、バチカン写本についても、次の結論が導き出されます。
 バチカン写本シナイ写本は、オリゲネス改ざん聖書』から作られた。
 さて、現代版聖書ネストレ-アーラント版/UBS聖書本文を通じて聖書本文RVに由来しており、さらにそれはバチカン写本・シナイ写本に由来しています。
 したがって、上記の結論と合わせると、次の結論が導かれます。
 現代版聖書ルーツは、オリゲネス改ざん聖書』である。
 次の第五部では、これまでにわかったことがらを整理し、まとめてみることにしましょう。



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