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| HOME >異端・カルトのカルビニズム > |
【紹介者のジョセフ兄弟から】
みなさんに紹介しようとしているこのメッセージは、邪悪で逸脱した『宗教』についてみなさんに知らせ、それを暴くものです。 これは、実際に大ぜいの人々を地獄に導いている宗教です。 これから紹介するこの体験者の姉妹は、実際に一人のカルヴィニストでした。 彼女は、ジャン・カルヴァンと彼の教えについてのどんなことも信じていました。 もしあなたがクリスチャンであるなら、ぜひ、このメッセージに耳を傾けてください。 もしかすると、あなたはそういう教えを信じている人々の一人かもしれません。 なぜなら、この教えがとても大ぜいのクリスチャンたちの間に広がっていて、それは危険であり、有毒であり、そして、この姉妹に起きたのと同様に、大ぜいの人々を地獄に導いているからです。 私たちの愛する姉妹のこのメッセージを、これからみなさんにお伝えします。 彼女はいくつかの出来事を見るために連れて行かれ、そしてジャン・カルヴァンに会いました。 そして彼は、宗教とカルヴィニズムに関することを話しました。 みなさんに、そのことに耳を傾けてほしいと思います。 このメッセージのどの部分も見逃さないでください。 なぜなら、それは確かにみなさんに大いに助けとなるからです。 |
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●私はカルヴィニストでした ジョセフ兄弟、私はカルヴィニストでした。 私はお話ししたいことがあります。 私は、だれかに自分を印象付けようとしてこれを書いているのではありません。 私は、自分が有名になるためにこれを書いているのではありません。 私が今これを書いているのは、私が犯したのと同じあやまちを犯したために今も地獄に閉じ込められているたましいたちへの痛みが、まだ私のたましいにあるからです。 私は、どの兄弟でも姉妹でも、私が行きかけた場所に行って欲しくないのです。
何日もの間、私はこのことを自分が話すべきかどうか、わかりませんでした。 私は沈黙していました。 先にお話ししたように、私は生涯ずっとカルヴィニストでした。 私は、若いころからジャン・カルヴァンの教えに従っていました。 48年以上の間、私は彼の教理を強く信じていました。 私は、それを勉強し、それを擁護し、人々とも議論しました。
私は、その数々の教えを誇りに思っていました。 私は、『カルヴァン主義の5特質』(英語の頭文字をとってTULIP チューリップと呼ばれる)の教えも信じていました。 知らない人々のために説明しますが、このチューリップの全体の意味は、全的な堕落、無条件的な選び、限定的なあがない、不可抗的な恵み、そして聖徒の堅忍です。 これらのことばが、毎日私の頭の中にありました。 私は、それを教えました。 私は、それをネット上に投稿しました。
私は、それを使って人々を矯正しました。 また私は、それを使って人々を裁くこともしました。 ●『彼らは救われない者たちなのだ』 とりわけ私が信じていたのは、『限定的なあがない』でした。 それは、私のお気に入りの教えでした。 私は、「イエス様は、すべての人のために死なれたわけではない」と信じていました。 私は、「彼は選ばれたグループの人々、すなわち、選びの者たちのためにだけ死なれたのだ」と信じていました。 そして私は心の中で、「自分はその選びの者たちの中の一人だ」と確信していました。 そのために私は、『私は特別なのだ』と思うようになりました。 私は、『私は他の人々よりも高いのだ』と思うようになりました。 私は、私のように信じていない人々を見ると、彼らを見下しました。 私は、『彼らは盲目なのだ』と思いました。 私は、『彼らは救われない者たちなのだ』と思いました。 私は、『神は彼らをお選びにならなかったのだ』と思いました。 次第に私の心は、かたくなになっていきました。 私は、イエス様が愛されるようには人々を愛してはいませんでした。 私は、私と同じように信じている人々だけを愛しました。 だれか不信者がいれば、私は彼らを避けました。 だれかがカルヴィニズム(カルヴァン主義)に同意しなければ、私は距離を置きました。
私は自分にこう言い聞かせました。
私は、人種差別主義者のようなクリスチャンになりました。 皮膚の色によってではなく、信念によって差別する差別主義者です。 人が私と同じようでなければ、私はその人の近くにいたくありませんでした。 私は、その人と友人になりたくありませんでした。 私は、その人の考えを欲しませんでした。 私は、その人の祈りを欲しませんでした。 |
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私は、多くの善良な男性たちから結婚を申し込まれました。 親切な人たちもいました。 彼らなりの仕方で神を愛している人たちもいました。 人生を真剣に考えている人たちもいました。 けれども、彼らが堅固なカルヴィニストではなかったので、私は彼らを断りました。 信者ではないのに学ぼうとしている人たちもいました。 それでも私は彼らを断りました。
私は自分にこう言い聞かせました。
それで、私は独身でいました。 ある時点で、私は心でこう決心しました。
けれども、それは神の御声ではなかったことが、今はわかります。 それはプライドでした。 ●『ある人々は、ただ滅ぼされるために創造されたのだ』 私は、『神は、だれが天国に行くことになり、だれが地獄に行くことになるかを、すでに決めておられる』と強く信じていました。 私は、『どんなことも決定しているのだ』と信じていました。 私は、『それを変えることができるものは、何もない』と信じていました。 私は、『ある人々は、ただ滅ぼされるために創造されたのだ』と信じていました。 ![]()
そして私は、自分がそういう人々の中の一人ではないことを、うれしく思っていました。 私は心の内で、こう言っていました。
ジョセフさん、そういうう考え方が私を大きく傷付けたのです。 私は罪を犯した時、その罪について深刻さを感じませんでした。 私は自分にこう言い聞かせました。
私が荒々しく話した時も、私が人々を裁いた時も、私がごう慢になった時も、私が人を赦そうとしなかった時も、私は、『これは神のご計画なのよ』と言っていました。 ![]()
私は、どんなことも、神のせいにしていました。 |
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3年前のことですが、私は重大な罪に陥りました。 私は、私が非常に称賛していたある男性と不倫をしました。 そして初めは、私は彼から離れていようとしました。 私は自分に繰り返しこう言い聞かせました。
そして、私は彼を何度も避けていました。 けれども、ある日、彼がまた私の近くにやって来ました。 彼は私に穏やかに話しかけました。 そして数日後、私たちは淫行の罪を犯しました。 その日の夜、私は家に帰り、私のベッドの上に座って泣きました。 私は汚れを感じました。 私は、自分が神から遠く離れていると感じました。 そして私はこう言いました。
●『神が、すでにこのことを計画しておられたのだ』 けれども、私の心の中は、何かが間違っていました。 なぜなら、私はすべての責任を負うことをせずに、自分にこう言い聞かせたからです。
そして私はこう言いました。
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そして私はこう言いました。
そして、この考え方は、私が長年信じていたジャン・カルヴァンの教えに由来しており、「人生のどんなことも、すでに決定されて決められている」という強い信念に由来していました。 私は、あの最初の時の後、『その罪をやめたい』と本当に思っていました。 私は、『正しい悔い改めをしたい』と本当に思っていました。 けれども、私はできませんでした。 なぜなら、彼が私に電話をかけてきた時、私は応じてしまったからです。 そして私は罪を犯し続けました。 密かな罪を二年半にわたって、です。 そして私は、それを弁解し続けていました。 二年半、私は自分を装いながら教会生活をおくりました。 二年半、私は汚れた心で両手を上げて礼拝をしていました。 二年半、私は不従順の生活をおくりながら聖書を読んでいました。 そして私は罪を犯すたびに、罪意識を感じていました。 いつも私は虚しさを感じていましたが、いつも自分に、『神が、すでにこのことを計画しておられたのだ』と言い聞かせていました。 ですから、私は本当に悔い改めてはいなかったのです。 私は、ただ、すまなく思っていただけであり、自分は変わってはいなかったのです。 |
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昨年のある日の夜、すべてが一変しました。 私は夜眠っていた時、夢を見ました。 ただし、ジョセフさん、それは普通の夢のようなものではなかったのです。 それはリアルであり、この世界以上にリアルな夢でした。 その夢の中で、私が私の部屋のベッドの上に横たわっているのが見えました。 そして初めは、すべてがいつも通りのように見えました。 そこは私の現実の部屋と全く同じようであり、私の現実の生活と全く同じようでした。 そして、突然、私が罪深い交流を続けていたその人が、部屋に歩いて入って来ました。 そして私が彼を見ると、私の心はうれしい気持ちになりました。 私の心の内で、私は感激していました。 そして私は、彼が急いで私のベッドの横に来てくれたらいいのに、と思いました。 なぜなら、私の肉の性質が強いままだったからです。 その夢の中でも、彼が近くに来た時、私は笑みを浮かべていました。 私は、神のことを考えてはいませんでした。 私は、聖さのことを考えてはいませんでした。 私は、自分の快楽のことしか考えていませんでした。 ところが、突然、彼がそこに立っていた時、非常に恐ろしいことが起きるのが見えました。 というのも、奇妙で醜い姿の黒い霊どもが彼の中から出て来始めたからです。 彼らは恐ろしく、おぞましく、そして邪悪そうに見えました。 そして、そういう者たちが8匹くらいいて、私を取り囲みました。 私は恐ろしくなり、動こうとしましたが、動けませんでした。 私は叫ぼうとしましたが、声が出て来ませんでした。 彼らは私に、こう言いました。
私には彼らに抵抗する力が全くありませんでした。 私は、自分が弱くなっていて、頼るすべがない者であると感じ、自分を恥ずかしく感じました。 私は、私の密かな生活が、私が今まで一度も知らなかった扉を開けていたことにも気付きました。 ●差し込んだ強い光 そういうすべてのことが起きていた時、突然、部屋の天井が開かれ、非常に鋭くて強い一つの光が部屋に差し込みました。 その光は、とても明るく、私は目を向けることができませんでした。 そして、すぐにあの黒い霊どもは消えました。 それから、聖なる天使たちが部屋に入るのが見えました。 彼らは私に話しかけはしませんでしたが、私をつかんで、私を引き離し始めました。 彼らは私を、地面の中を通って引いて行きました。 私は、自分が下へ、下へ、下へと下って行くのを感じました。 |
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それから彼らは、私を大きな海のように見えるものの中へ投げ込みました。 ただし、それは水の海ではありませんでした。 それは火の海でした。 それは燃えていました。 私は、その中へ、どんどん深くへと沈んでいきました。 私は泳ぐことができませんでした。 私は逃れることができませんでした。 そして、最後に気がつくと、私はある場所の中にいました。 私は、そこは地獄だとわかりました。 その場所に入ると、そこには混乱はなく、無秩序もなく、すべてが整えられていて、多くの区画と多くの部署があり、一人一人のたましいには、裁きを受けるべく送られる場所があることがわかりました。 また、だれ一人として別の人と一緒にされてはいませんでした。 また、だれ一人として場違いな場所にはいませんでした。 なぜなら、どんなことも、彼らの人生で行ってきたことにしたがって、行われていたからです。 |
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私がそこで震えながら立っていると、『淫行』という区画が見えました。 また、別の側には、『故意の欺瞞(ぎまん)』という区画が見えました。 私が私の霊の内で理解したのは、故意の欺瞞とは、偽りを教えること、偽りを信じること、そして神が真理をはっきり示しておられる時でも真理を拒むことを意味するということでした。 そして私は、自分が両方のことで有罪であると気付きました。 なぜなら、私は性的罪の中で生きてきたし、また、私をごう慢にし不注意にさせる偽りの教えを信じて擁護してきたからです。 そして私がそこで立っていると、両方の区画が私を引こうとしているのを感じました。 まるで、両方の区画が私を要求しているかのように、です。 なぜなら、私の選択により、私の行いにより、そして私のかたくなな心により、私は両者に属していたからです。 私は泣いて神に懇願し始めました。 それから私は、最初に『淫行』の区画に連れて行かれました。 ●『淫行』の区画 ジョセフさん、私はそこで見たことを忘れることができません。 その場所で、人々は自分の体や知性や自分の賜物を乱用してきたことに応じて罰を受けていました。 大ぜいの人が泣いており、大ぜいの人が後悔していました。 大ぜいの人が悲鳴を上げており、大ぜいの人が、こう言っていました。
けれども、手遅れでした。 深い恥辱、深い苦痛、深い悲しみの中にいるたましいたちが見えました。 彼らは、かつて彼らが離れようとしなかった数々の罪を、何度も何度も思い起こされていました。 彼らは、数々の記憶により、後悔の念により、恐怖により、そして苦しみにより、拷問を受けていました。 その場所には、慰めはなく、休息もなく、希望もありませんでした。 それと同じことが私にも起きつつありました。 私も、その同じ拷問を受けつつありました。 私は、私の体に激しい痛みを感じ、私の心にも私のたましいにも痛みを感じました。 また、私は自分が神から完全に引き離されていると感じました。 そして、その分離は、どんな火よりもひどく、どんな体の苦しみよりもひどいものでした。 なぜなら、私は神のあわれみを無駄にしてきたとわかったからです。 私は泣きながらこう言いました。
私はそこには希望が全く存在しないことを知っていましたが、ひたすら、それを言い続けていました。 私は本気でそれを言っていました。 ●『故意の欺瞞』の区画 その淫行の区画であらゆる苦しみを受けた後、あらゆる泣き叫びと恥辱と苦痛と深い後悔の念を体験した後、突然、私はその区画から連れ出されました。 私は、自分がふたたび運ばれているのを感じました。 私は、自分がどこに向かっているのか、わかりませんでした。 私の心は恐怖で震えていました。 なぜなら、私は、次は最初の場所より、もっとひどいかもしれないと思ったからです。 そして私は『故意の欺瞞』という区画に連れて行かれました。 私が中に入った瞬間、私の周囲に感じられたのは、重い闇、深い悲しみ、そして強い後悔の感情でした。 まるで、そこにいるどのたましいも、心の中で泣いていても、外に泣き声を出す体力が全くないかのようでした。 |
私がその区画に入って最初に見た人は、ジャン・カルヴァンでした。![]() ジャン・カルヴァン(1509年〜 1564年) 私は、ジャン・カルヴァンと同様に多くの人々をだましたキリスト教のを大ぜい見ました。 ただし、彼らの顔は、ジャン・カルヴァンのようには認識できませんでした。 私はジャン・カルヴァンを現実の生活で見たことは一度もありませんでした。 私は地上でも、本や絵画の中で彼の画像を見ただけでした。 ところが、私が見たもの、それは写真ではありませんでした。 それは絵ではありませんでした。 それは、本物の苦痛と、本物の悲しみと、本物の後悔とがその顔中に書かれている、本物の人物でした。 彼は非常に弱々しく見え、疲労困憊していて、非常に打ちひしがれているように見えました。 そして、彼がそこに非常に長い年数ずっといるのがわかりました。 なぜなら、彼の顔は、一日や一年ではなり得ない苦しみを表していたからです。 また、彼の目は乾いていて、うつろで、疲弊していて、まるでとても長い間泣いてきたために、もはや涙が全く残っていないかのようでした。 そして彼が私に目を向けた時、彼は怒っているようには見えませんでした。 彼は誇っているようには見えませんでした。 けれども、彼は深い悲しみと後悔とをもって私を見つめました。 あたかも、彼が戻って来てすべてを変えることができればよいのにと思っているかのようでした。 |
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それから彼は私に話し始めました。 彼の声は弱々しく、悲しみで満ちていました。 彼は繰り返し、こう言い続けました。
そして彼は何度もそれを繰り返しました。 あたかも、彼は自分自身に話して、同時に自分自身を非難しているかのようでした。 それから彼は私を見つめてこう言いました。
そして彼がそう言った時、私の心臓が鼓動を速く打ち始めました。 なぜなら、私は、彼がなぜそのように私に話しているのか、理解できなかったからです。 それから彼は、私に深いショックを与えることを言いました。 なぜなら、彼は私を見つめてこう言ったからです。
そして私はそれを聞いた時、自分が弱くなっているのを感じました。 彼は話し続けて、こう言いました。
彼はこう言いました。
彼がそう言った時、彼の顔がいっそう痛々しくなりました。 私は彼の目に深い後悔の念を見ることができました。 それから彼は私に、私が決して忘れることのないことを話しました。 彼はこう言いました。
また彼はこう言いました。
そして彼はこう言いました。
彼は私を見つめ、私に深刻そうに警告して、こう言いました。
彼はこう言いました。
それから彼は、私にその場所の周囲を示しました。
そして彼は私にこう言いました。
それから彼はふたたび私を見つめ、私に少し安堵させることを言いました。 というのも、彼はこう言ったからです。
彼がそう言った時、私は何かが私の心から上がって行くのを感じました。 そして私は、私が夢の中にいるだけであって、本当に死んだのではなく、まだ地上で生きていて、神が私にもう一度チャンスを与えようとしておられることを彼は知ったのだ、と気付きました。 さらに彼はこう言いました。
そして彼はこう言いました。
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ジャン・カルヴァンが悲しみと後悔の念をもってまだ私を見つめていた間、突然、私は、背後から強い力が私を引いているのを感じました。 それは優しい力ではありませんでした。 その力は強力でした。 それは暴力的な力でした。 そして、それは私を、地獄のいっそう深い場所へと引きずっていました。 そこは、それまで私が見てきたどこよりも、いっそう暗く、いっそう重く、いっそう恐ろしく感じられる所でした。 私は、私の霊の内で、もし私がその場所に入れば、二度とふたたび戻って来ることはなく、それが私の永遠の最後となるだろうとわかりました。 私は悲鳴を上げ始めました。 私は大声で叫び出しました。 私は自分にある全力をもって叫び出しました。 私はイエス様の御名を呼んでいました。 私は、あわれみを求めて神に懇願していました。
(→拡大)
私がその夢の中で、とても大きな声で叫んでいたため、現実の生活の中でもその声が出ていました。 それは私の隣人の注意を引きました。 彼は私の泣く声を聞き、何か恐ろしいことが私に起きていると思ったのです。 あの背後からの力は、まだ私を引いていて、私はその深い場所にますます近づいていました。 |
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すると、突然、強くて明るい一つの光が上から差し込みました。 それは鳥のようにすばやく動き、非常に力強く輝きました。
そして、それは空中で私をつかみ、私の落下を止めました。 すると、すぐにその闇は消え去りました。 あの引いていた力は止まり、すべてが一変しました。 それから、突然、私は目を覚ましました。 気がつくと、私は私の部屋の中で震えて、泣いており、汗を流しており、速い呼吸をしていました。
そして、私の隣人がそこに立って、私の名前を呼び、大丈夫かと言っていました。 数分間、私はしゃべることもできませんでした。 なぜなら、私の心は、まだあの場所の中にあって、私の頭の中も、私が体験したばかりのあらゆることをまだ見ていたからです。 |
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ジョセフさん、あの夢のことが起きてから、今、八ヶ月たちました。 私の生活は、以前と同じものでは決してありません。 なぜなら、あの夜から、私はかつての礼拝の仕方に戻ることをやめたからです。 しばらくの間、私は私の教会に通うことをやめました。 礼拝が嫌いだからではありません。 人々が嫌いだからではありません。 私は、虚しい宗教と虚しい議論にふたたび戻っていくことを恐れたからです。 私は、私が持っていたカルヴィニズムに関する本を全部集めました。 すべての教えの本、すべての注解書、かつて私がそういう教理を擁護するために使っていたすべてのアイテムも、です。 そして私は、それらを燃やしました。 私の聖書以外のどれも全部です。 なぜなら、私はそれまで神のことばを読んできたこと以上に、数々の本を読んできたと気付き、また、私は聖霊に耳を傾けること以上に、人々に耳を傾けてきたと気付いたからです。 |
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それ以来、私が行っているのはシンプルなことです。 私は、私の家にとどまっています。 私は、私の聖書を開きます。 私は、ゆっくりと読みます。 私は、祈ります。 私は、泣くこともあります。 私は、神に疑問点を尋ねます。 私は、私の心の内で耳を傾けます。 そして私は、神が私に示されることに従うよう努めています。 それが、私の現在の生活です。 みことばと祈りだけです。 他には何もありません。 ジョセフさん、私はあなたに真実をお話しすることができます。 私がそのことを行い始めて以来、これまでずっと、聖霊が新たな仕方で私を教えてくださっているのです。 聖霊は、これまでずっと私の目を開いてくださっています。 聖霊が私に示してくださっているのは、神の本当の心、神の愛、神のあわれみ、神の忍耐、神の真理です。 そして私が今はっきりわかるのは、以前私が信じていたあの数々の教理は、神がどういうお方であるかを真実に表してはいなかったことです。 私は今、自分で神を知り始めています。 カルヴィニズムのさまざまな体系を通してではありません。 カルヴィニズムのさまざまな議論を通してではありません。 プライドによってでもありません。 そうではなく、関係性を通して、謙虚さを通して、そして、従順を通してです。 そして、そのことが、これまでの長年の私のどんな宗教的な知識よりも、私に平安を与えてくれています。 ●イエス様だけに重点を置くべきです 私は、人々は教会生活をすべきではないと言っているのではありません。 それは、決して私のメッセージではありません。 良い教会生活は可能です。 聖徒たちとの交わりは重要です。 牧師たちも重要であり、信者たちも互いを必要としています。 しかし、私が言っているのは、人々は、宗教に重点を置くべきではないということです。 人々は、数々の体系に重点を置くべきではありません。 人々は、人々の名前や肩書きに重点を置くべきではありません。 人々は、イエス様だけに重点を置くべきです。 イエス様が中心でなければなりません。 イエス様が目標でなければなりません。 イエス様がその理由(根拠)でなければなりません。 なぜなら、宗教がイエス様より大きいものとなる時、人々は盲目になり、ごう慢になり、そして、ちょうど私がなりかけたように、知らないうちに救われていない者となるからです。 ●他の誰にも歩んでほしくない危険な道 神は、あの最後の瞬間に私を救ってくださいました。 手遅れになる前に、神は私を引き出してくださいました。 私は、私が歩んでいたあの同じ危険な道を、他の誰にも歩んでほしくないのです。 ですから、どうか人々に告げてください、神を自分で捜し求めるべきこと、イエス様を誠実さをもって愛すべきこと、日々悔い改めるべきこと、そして、へりくだって歩むべきことを。 なぜなら、永遠が本当に存在し、あわれみは今はまだ受けることが可能ですが、その時間はいつまでもあるわけではないからです。 |
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みなさんがこれまでジャン・カルヴァンの名前を聞いたことがあるかどうか私は知りませんが、彼は実際にカルヴィニズムの創始者です。 彼のほとんどの教理に、たくさんの欺瞞(ぎまん)があります。 彼の教理の大部分に、です。 この証言者の姉妹は、そういう偽りの教えの犠牲者でした。 彼女は、「イエス・キリストがこの世に来られたのは、『選びの者たち』という特定のグループの人々のためであり、イエス・キリストが来られたのは、本当はすべての人のために死なれるためではなかった」と信じていました。 また、「地獄に行くことになる人々と、天国に行くことになる人々を、神はすでに決めておられた」と彼女は信じていました。 ![]() みなさんは、だれからもそのように説き伏せられないようにしてください。 なぜなら、神は、すべての人を愛しておられるからです。 神は、すべての人のためにおられるのです。 そして、神が、ある人々を天国に行くように選び、ある人々を地獄に行くように選ぶようなことは、決してありません。 |
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私たちには自由意志があります。 神は私たちに絶対的な自由意志を与えておられます。 ですから、私たちが地上でどういうことを行うか、それに基づいて、私たちが死後に行く場所が決まるのです。 その行先を決めようとしているのは、神ではありません。 神は私たちに自由意志を与えておられます。 もしあなたが天国に行くことを本当に願うなら、それはシンプルなことです。 あなたがしなければならないのは、私たちの主なるイエス・キリストによる救いという無償の贈り物を受け取ることだけです。 あなたの罪を悔い改めてください。 イエス・キリストをあなたの救い主として信じてください。 そして、神のことばにかなった生活をしてください。 そうすれば、あなたが死ぬ時、あなたは天国に行くようになります。 神があなたに代わって決めようとしておられるのではありません。 なぜなら、神はあなたに自由意志を与えておられ、あなたは、何が良いことであり、何が悪いことであるかを知るに十分なまで成長しているからです。 あなた自身のために決めるのは、あなたに掛かっているのです。 神があなたのために決めようとしておられるのではありません。 それが、この姉妹が犯していた最大の間違いの一つなのです。 彼女は、一度イエス・キリストを信じたら、それは明らかに、自分があの『選びの民』の一部であることを意味すると考え、自分がしたいままの生活をしようとしていました。 さらに、彼女は淫行をするようになりましたが、自分の罪を告白して悔い改めるという自らの責任を果たすことをしませんでした。 そして、彼女に何が起きたかを見てください。 彼女は地獄に連れて行かれ、ジャン・カルヴァンと会いました。 |
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そして、ジャン・カルヴァンが宗教についてこの女性に言ったことに目を留めてください。 兄弟姉妹のみなさん、私たちは宗教に付き従う必要などありません。 私たちは、イエス・キリストに従う必要があるのです。 私たちは、イエス・キリストというご人格に目を向ける必要があるのです。 イエス・キリストのことを学んで、イエス・キリストに付き従ってください。 そして、イエス・キリストにだけ焦点を当ててください。 宗教というものから生じるのは、決して神のことばからは生じない数々の教理です。 ですから、もしあなたが、本当にあなたを地獄に導き得るそういうあらゆる偽りの教えから離れていることを本当に望むなら、宗教から離れ、イエス・キリストに焦点を当ててください。 |
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ただし、それは、あなたが教会生活をおくるべきではないという意味ではありません。 教会生活をおくるのはかまいませんが、あなたがその教会から受けるものに注意する必要があります。 あなたがその教会から受けるメッセージに注意する必要があります。 聖霊をあなたの案内者としてください。 教会に通ってその教会からどんなメッセージが語られるとしても、家に帰ってから、そのメッセージのことであなたは祈る必要があります。 聖霊から識別を求めてください。 そうすれば聖霊はあなたを道案内してくださいます。 聖霊は、あなたがその教会から受けるメッセージから、良いものと悪いものを取り出してくださることでしょう。 なぜなら、「その教会から生じるメッセージが全部良いもので、本当に主から来ているメッセージである」とは限らないからです。 ですから、あなたは、その教会にだけより頼む必要はありません。 あなたは、神により頼む必要があります。 あなたは、神のことばにより頼む必要があります。 |
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そして、あなたにできることは二つあります。 それは、祈ることと、神のことばを学ぶことです。 もしあなたがその二つのことをすることができるなら、聖霊はあなたを道案内して、神のことばについての全き理解を与えてくださることができ、あなたが歩むべき道と導きを、あなたにはっきり示してくださり、あなたがだれかの偽りの教えに惑わされたり、間違った方向に導かれたりすることがないようにしてくださることができるのです。 そういう偽りの教えが、実際に、これまでずっと、大ぜいの人々を地獄に行き着かせてきたのです。 ただジャン・カルヴァンの偽りの教えのために、実際に最後は地獄に行き着いた人々が、非常に大ぜい存在するのです。 ですから、私たちは犠牲者とならないようにしようではないでしょうか。 私たちはイエス・キリストだけに目を向けようではないでしょうか。 そうすれば、私たちは確実に天国でお会いするようになるでしょう。 |
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カルヴィニズムに関して、私たちがはっきりわかる二つのことがあります。 これは、このカルヴィニズム教師であった女性や他の人々への神の啓示からだけでなく、聖書の教えそのものからもわかる真実であり、これら両面から確立された真実です。
この証しのカルヴィニスト教師の女性も、カルヴィニスト牧師のジョー(『 クリスチャンへの警告 第21集』第五部)も、カルヴィニスト信者のジェレミー(『 クリスチャンへの警告 第22集』第三部)も、地獄に行きました。 彼らは自分は天国に行くと信じていたはずですが、神は彼らを地獄へ送られました。 彼らは『地獄行きの列車』に乗っていました。 彼らは、地上で生きていた時は、外面的には、『救われているクリスチャン』のように見えました。 ジェレミーも、『キリスト教会』と呼ばれるものに属して『クリスチャン生活』をおくっていました。 ジェレミーは、こう言いました。
カルヴィニストの女性は、聖書を読む生活をし、「両手を上げて礼拝をしていました」 見かけでは、彼らは誠実で、信仰が熱心そうな聖徒に見えたかもしれません。 彼ら自身も、自分は『福音派』に所属する『クリスチャン』であると信じて、「自分はいつか天国に行くことになる」と信じていたはずです。 まさか自分が地獄に行くことになるとは、思ってもみなかったことでしょう。 しかし、神の目には、そのようには映ってはいませんでした。 彼らは、カルヴィニズム(カルヴァン主義)という偽りの教えを信じる異端宗教の信奉者たちでした。 ジェレミーは、「一度救われたら、ずっと救われたままであって、たとい罪を犯しても天国に行くことができる」という教えに基づいて、罪を心から悔い改める聖い生活をおくってはいませんでした。 ジェレミーはこう言いました。
しかしジェレミーは天使からこう告げられました。(→天使が私に告げたこと)
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地獄に送られるのは、カルヴィニストの女性、カルヴィニスト牧師のジョー、カルヴィニスト信者ジェレミーの三人だけでは、ありません! カルヴィニズムを教える牧師や教師たち、それを広めて拡散したり推奨する人々も、カルヴィニズムを信じて罪の生活をおくる信者たちも、みな、死を迎えれば、すぐに地獄に送られることになります! 彼らは、ちょうど、聖書で語られている人々のようです。
新約聖書にも、カルヴィニストたちに当てはまるみことばがあります。 これはラオディキア人の教会の内部にいる人々への警告です。 この人々は、自己満足して教会生活をおくっていますが、19節では「悔い改めなさい」と呼びかけられています。 つまり、この人々は救われていない人々なのです。 このまま行けば、地獄に行き着くことになるのに、彼らはそのことも「知らずに」います。 彼らは霊的に「盲目」であり、救われている人々だけが着る「白い衣」を着ていない「裸の者」たちです。 そのような彼らに、イエス様は愛をもって、こう呼びかけておられます。
自己満足して教会生活をおくっていながら「死の道」を歩んでいる人々に、イエス様は、罪に気付いて悔い改めるよう迫っておられます。 そして、心の戸を開けてイエス様を迎え入れる人々、「勝利する」人々を、イエス様は天国に迎え入れてくださいます。 |
今まで知らずにカルヴィニスト信者として歩んできて、今、罪を悔い改めて救われることを願う人、今まで知らずに『地獄行きの列車』に乗ってきて、今からは『天国行きの列車』に乗り換えたいと願う人は、真摯な心で次の祈りをすることをおすすめします。
この祈りをささげた方は、この瞬間から今までの罪が赦されて、神の本当の子どもとされました。 その人は、今まで乗っていた 『地獄行きの列車』から、『天国行きの列車』に、この瞬間から乗り換えています。 今からは、天国を目指して本当のクリスチャン、真の聖徒として歩んで行くことができます。 |
また、今までカルヴィニズムの牧師や教師であった人や、カルヴィニズムを人々に拡散したり推奨してきた人で、今、罪を悔い改めて救われることを願う人、今まで知らずに『地獄行きの列車』に乗ってきて、今からは『天国行きの列車』に乗り換えたいと願う人は、真摯な心で次の祈りをすることをおすすめします。
この祈りをささげた方は、この瞬間から今までの罪が赦されて、神の本当の子どもとされました。 その人は、今まで乗っていた 『地獄行きの列車』から、『天国行きの列車』に、この瞬間から乗り換えています。 今からは、天国を目指して本当のクリスチャン、真の聖徒として歩んで行くことができます。 |
元カルヴィニストの女性は、こう述べています。
たとえば、「熱狂的なカルヴィニスト」とも評されたC・H・スポルジョンの本なども、「カルヴィニズムについての本」に該当します。 聖書はこう教えています。
エペソの聖徒たちが行ったことについて、こう書かれています。 『サタンの策略』の著者レベッカ・ブラウン師は、その第一章でこう述べています。
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カルヴィニズムについて警鐘を鳴らしているダン・コーナー氏は、こう述べています。 「◆偽りの教えに対してすべきことは… 『一度救われたら、ずっと救われたままである』 (カルビニズム、改革派神学)という偽りの教えにより、『恵み』は『不道徳のための許可証』として教えられています。 ![]() あなた自身のたましい(命)のために、『永久保障』という偽教理を退けてください。 何らかのミニストリーあるいは教会が『不道徳のための許可証』を教えているかどうかを知ることは、知るべき非常に重要なことです。 もし、そういうことを教えているなら、 そういう種類の教えを聞いて影響を受けることは、その結果、あなたのたましいも、あなたの愛する人々のたましいも、永遠に滅びることになる可能性があることを意味します。 そのようなミニストリーや教えを支持したり支援することは、その「邪悪な行いにあずかる」(第二ヨハネ9〜11)ことになります。 永遠に手遅れにならないうちに、 (『永久保障』の教理…『悪魔の教え』) ★エターナル・ライフ・ミニストリーズから 聖徒一人一人が、内住される神の御霊に導かれつつ歩む必要があります。 こちらを参照ください。 |
カルヴィニスト信者であったジェレミーは、地獄での彼の生々しい体験を、こう証言しています。
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聖書はこう警告しています。
■罪を悔い改めた元カルヴィニストが聖く歩み続けるなら、天国に入れていただくことができます。 ■一方、罪を悔い改めずにいたカルヴィニストの女性もジョー牧師もジェレミーも、 (ただし、この三人はそれぞれの体験後、カルヴィニズムを悔い改めたゆえ、現在は『天国行きの列車』に乗っています) ■しかし、罪を悔い改めずにいるカルヴィニストは、みな、死後に地獄に送られます。 そして、彼らはみな、この女性が体験したように、「その場所に入れば、二度とふたたび戻って来ることはなく、それが私の永遠の最後となる」とわかるようになりますが、もはや永遠に手遅れです!!
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