
《聖書学者レンデル・ハリス》
(1852年〜1941年) |
「ティッシェンドルフが『シナイ写本』の中に、『バチカン写本』の中の新約聖書の部分を書いた人物の筆跡と同じ筆跡を認めたのは正しいことであったことが、今日もおおむね支持されています。
これは、きわめて重要なポイントであり、正しく推論するなら、この二つの写本が書かれた時も場所も同一であると決定づけるものです。
ティッシェンドルフによると、シナイ写本の中に、新約聖書の六つのキャンセル・シート(差し替えられた6枚のリーフ…12ページ分)があります。
それは別の人の手によって書き換えられたものです。…
このことの証拠は、ティッシェンドルフの目とティッシェンドルフの判断です。
両者の筆跡は、明らかに同じものです。
また、スペリング(つづり字)の数々の特異点が、両者の写本に表れています。
書記者たちが同じ本に関わっている場合、一人の書記者から別の書記者に時折変更することには、何も不合理なことはありません。
このようなことがらに関して、ティッシェンドルフの意見はこのうえなく重みがあるものです。
ティッシェンドルフ 彼(ティッシェンドルフ)はパピルス紙の筆跡や筆記体の筆跡については、あまり知っていませんでしたが、ベラム皮紙に書かれたアンシャル体(古写本の大文字の書体)の筆跡については、他のだれよりも多く知っていました。
その結果、ほとんどの人が、たといシナイ写本を見たことがなくても、彼の判断を受け入れています。
◆バチカン写本の新約聖書を書いた人物が繰り返して行った『削除』
ところで、ティッシェンドルフは彼の結論に至った後、その議論をさらに一歩進めて、問題となっているその筆跡は、『バチカン写本』の中の新約聖書の部分を書いた人物の筆跡と同じ筆跡であると言いました。
この議論は、それまでと同じく古書体学の議論であり、文字の形やスペリングなどによるものです。
疑問を大いに深めている事実は、その差し替えられた6枚のリーフの内の1枚のリーフに、マルコの福音書の終わりの箇所が含まれており、シナイ写本とバチカン写本の両者のその箇所で、明らかな『削除』が見られることです。
これは奇妙な一致であり、当然のことながら、多くの人は、それが偶然のことであるとは信じていません。
彼らは、バチカン写本の筆記者Bがその削除を繰り返し行い、二人の別人物が行ったのではないと主張しています」(James Rendel Harris, "Stichometry", (1893) pp.73~74)
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