●19世紀半ばに行われたバチカン写本の書き換え
そのバチカン写本の中の『新約聖書』の偽造の時期については、偽造写本『2427』が、さらなる情報を提供しています。
ビル・クーパー師はこう述べています。
「…『写本2427』には、マルコの福音書の終わりの箇所であるマルコ16・9〜20が含まれていることです。
一方、現在のバチカン写本(ファクシミリ版 1857年発行)には、それが含まれていません。
……
『写本2427』のための草稿は『バチカン写本』から明らかに逐語的に(一語一語)書き写されましたが、それは、1857年発行のマイ枢機卿による『バチカン写本』(ファクシミリ版)からマルコ16・9〜20の節が除去されるよりも前に書き写されたのです。
このことは、1857年以前は、バチカン写本には元々それら十二の節が含まれていたことを、一点の疑念の影もなく証明しています」
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偽造写本『2427』の元となった原文は、ブットマンによる「ギリシャ語新約聖書」(1860年)でした。
ブットマンは当時存在していた『バチカン写本』(マルコ16・9〜20を含むもの)を用いて1860年に発行したのです。
こうして、バチカン写本のファクシミリ版発行の1857年より少し前に、この偽造犯罪者が、マルコ16・9〜20のない『新約聖書』に書き換えたことがわかります。
バチカン写本のファクシミリ版発行の担当者は、イエズス会士のマイ枢機卿(1782年〜1854年)でした。
したがって、バチカン写本の『新約聖書』の最終書き換え時期は19世紀半ばです!
そして、これらのことを行ったのは、マイ枢機卿および彼の仲間の偽造者たちであることになります!

マイ枢機卿:バチカン写本のファクシミリ版発行担当者
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